生成AIを業務で使おうとして、最初に手が止まるのがここだと思います。
「この資料を貼っていいのか」
禁止と言われれば使えず、自由に使えと言われれば不安が残る。多くの組織で、明確な線が引かれないまま放置されています。
判断の順序を整理します。
まず、4つの枠組みを分けてください
「秘密」とひとくくりにすると判断できません。根拠が違うものが混ざっています。
| 枠組み | 守る対象 | 根拠 |
|---|---|---|
| 個人情報 | 生存する個人を識別できる情報 | 個人情報保護法 |
| 法令上の守秘義務 | 職務上知り得た秘密 | 地方公務員法、各業法 |
| 営業秘密 | 自社・取引先の技術情報や営業情報 | 不正競争防止法 |
| 契約上の秘密保持義務 | 契約で「秘密」と定めた情報 | 個別の契約 |
それぞれ別に確認が要ります。 名前を消せば個人情報の問題は小さくなりますが、契約上の秘密保持義務は残ります。逆に、契約に秘密保持条項がなくても、法令上の守秘義務は残ります。
法令上の守秘義務は、契約がなくても存在します
見落とされやすいのがこれです。契約書に秘密保持条項がないから自由に使ってよい、とはなりません。
自治体の職員であれば、地方公務員法にこう定められています。
職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする。(地方公務員法34条1項)
退職後も続きます。 そして所管の事務に限らず、職務に関連して知る機会を得た秘密が広く含まれると解されています。
外部の専門家に委託している場合も同様です。
公認会計士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つたことについて知り得た秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない。公認会計士でなくなつた後であつても、同様とする。(公認会計士法27条)
税理士は、正当な理由がなくて、税理士業務に関して知り得た秘密を他に洩らし、又は窃用してはならない。税理士でなくなつた後においても、また同様とする。(税理士法38条)
いずれも契約とは無関係に、法律そのものが課している義務です。委託先がこの義務を負っているからといって委託元の情報を自由に扱ってよいわけではありませんが、業務を受ける側にも法定の義務があることは押さえておいてください。
以下、実務で判断が要る順に見ます。
① 個人情報 — 委員会が示している2つの確認事項
個人情報保護委員会は、令和5年6月2日に生成AIサービスの利用について注意喚起を出しています。事業者向けに求められている確認は2つです。
確認1:利用目的の範囲内か
個人情報取扱事業者が生成AIサービスに個人情報を含むプロンプトを入力する場合には、特定された当該個人情報の利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること
生成AIに入れるかどうか以前に、そもそもその個人情報を何のために集めたかが起点になります。
たとえば「商品の発送のため」として集めた顧客情報を、業務改善の分析に使うためAIに入れるのであれば、それは当初の利用目的の範囲内かという問題になります。AI特有の話ではなく、個人情報の取扱いの基本です。
★ 名前を消せば個人情報でなくなる、とは限りません
ここが最も誤解されています。個人情報保護法の定義は、氏名が入っているかどうかで切れていません。
当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む)(個人情報保護法2条1項1号)
括弧の中が本体です。 氏名を消しても、手元の他の情報と容易に突き合わせて本人が分かるなら、それは依然として個人情報です。
実務で危ないのは、単独では個人を指さない情報の組合せです。
| 消しても残りやすい手がかり |
|---|
| 自治体名・法人名 |
| 部署名・役職 |
| 案件名・契約名 |
| 契約金額・報酬額 |
| 日付(契約日、面談日、処分日) |
| 家族構成・年齢・勤務先 |
たとえば「A市の上下水道部の課長」「令和7年11月に締結した契約金額3,200万円の案件」は、氏名が一字もなくても、その組織の中では本人が一意に定まります。
「特定の個人を識別することができる」かどうかは、一般人の判断力・理解力をもって、生存する具体的な人物と情報の間に同一性を認めるに至るかで判断されます。氏名の有無だけで決まるものではありません。
したがって、匿名化は「氏名を消す」ではなく「組合せから本人にたどり着けなくする」作業です。 そこまでできない情報については、匿名化に頼らず、利用目的と提供先の取扱いを確認する側で処理してください。
確認2:応答の生成以外に使われないか
あらかじめ本人の同意を得ることなく生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが当該プロンプトに対する応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、当該個人情報取扱事業者は個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある。そのため、このようなプロンプトの入力を行う場合には、当該生成AIサービスを提供する事業者が、当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認すること
要点は「応答結果の出力以外の目的で取り扱われるか」です。
質問に答えるために使われるだけなら問題は生じにくい。しかし、入力した内容がモデルの学習に使われるのであれば、目的外の取扱いになりうるという整理です。
ここで注意が要ります。「学習に使わない」という一文だけを確認して済ませないでください。
委員会が問題にしているのは「機械学習に利用しないこと等」であり、条文上の論点は応答結果の出力以外の目的で取り扱われるかです。学習は、その一例にすぎません。学習に使わなくても、保存され、人が閲覧し、再委託先に渡り、別の目的に使われるのであれば、同じ問題が起きます。
確認すべき項目は8つあります。後述の「サービスを選ぶときに見るところ」で挙げます。
② 営業秘密 — 「管理していること」が要件です
不正競争防止法上の営業秘密として保護されるには、秘密として管理されていることが要件のひとつです。
ここが生成AIと直接ぶつかります。社内で秘密として扱っていた情報を、管理の及ばない外部サービスに無制限に入れていたという事実があると、「秘密として管理していた」と言いにくくなる可能性があります。
万一その情報が流出したとき、自社が営業秘密として法的な保護を主張できるかどうかに影響します。これは「AIに入れたら漏れる」という話ではなく、入れてよい情報の範囲を決めて運用していたかという管理の話です。
ルールを作ること自体が、保護の要件を満たすための行為でもある、と理解してください。
③ 契約上の秘密保持義務 — 意外に広く網がかかっています
取引先との契約に秘密保持条項があると、**「第三者に開示してはならない」**と定められているのが通常です。
生成AIサービスに情報を入れる行為が、この「第三者への開示」にあたるかどうかは、契約の文言と、そのサービスの仕組みによります。契約書に生成AIのことは書かれていないのが普通ですので、条文の解釈になります。
「要約すれば入れてよい」にはなりません
よく言われる対処が、相手方の名称を伏せる/要点だけを自分の言葉に置き換えるというものです。手がかりを減らす効果はありますが、それだけで契約上の義務を外れると考えないでください。
秘密保持条項の対象は契約ごとに書き方が違います。
- 「開示された情報及びその内容」と定めているもの
- 「本契約の存在及び本件業務に関する一切の情報」と広く定めているもの
- 「秘密である旨を明示して開示した情報に限る」と絞っているもの
言い換えれば許される、という一般則はありません。 情報の中身が同じであれば、表現を変えても開示は開示だと読める条項は珍しくありません。判断の起点はその契約の文言であって、加工の程度ではありません。
同じ理由で、「契約書は秘密保持の対象そのものだから貼らない」という言い方も正確ではありません。 契約書が当然にすべて秘密情報になる、という一般的なルールは存在しません。その契約に秘密保持条項があるか、対象範囲がどう書かれているかを読んで判断するしかありません。実務上は「まず貼らない」を既定にしておくのが無難ですが、それは法的な帰結ではなく運用上の安全側の設定です。
自治体の案件では、仕様書や委託契約に守秘義務条項があるのが通例です。受託者の立場でAIを使うなら、契約条項を先に確認してください。
実務での判断の順序
4つを毎回思い出すのは大変なので、順序にしておきます。該当したときに何をするかを並べてあります。
| 順 | 確認事項 | 該当する場合の対応 |
|---|---|---|
| 1 | 個人を識別できる情報が含まれている | 削除・置換する。削除できない場合は2へ |
| 2 | 特定した利用目的の範囲内ではない | 入れない |
| 3 | 応答の生成以外の目的に利用される | 本人同意等の法的要件を確認し、確認できなければ入れない |
| 4 | 契約上の秘密情報に該当する | 契約上入力が許されるか確認し、許されなければ入れない |
| 5 | 法令上の守秘義務の対象である | 職務上の秘密として、組織の許可した範囲でのみ扱う |
| 6 | 営業秘密・内部機密に該当する | 社内規程と利用許可の範囲を確認する |
1で止まる案件が大半です。 ただし1は「氏名を消す」ではなく、組合せから本人にたどり着けなくすることを指します(前述)。そこまでできないなら2以降で判断してください。
サービスを選ぶときに見るところ
「有料版なら安全」という一般則はありません。サービスごと、プランごと、契約形態ごとに扱いが違います。
個人情報保護委員会も、一般の利用者向けにこう述べています。
生成AIサービスを提供する事業者の利用規約やプライバシーポリシー等を十分に確認し、入力する情報の内容等を踏まえ、生成AIサービスの利用について適切に判断すること
確認すべきは、少なくとも次の8点です。「学習に使わない」の一文だけでは足りません。
| # | 確認すること | なぜ見るのか |
|---|---|---|
| 1 | 学習・モデル改善に利用されるか | 応答の生成以外の目的での取扱いにあたりうる |
| 2 | 応答の生成以外の二次利用があるか(品質改善、統計、不正監視など) | 学習でなくても目的外になりうる |
| 3 | 提供者や再委託先の従業者が閲覧するか | 人の目に触れる経路があるかどうかは、学習の有無とは別 |
| 4 | 保存期間と、削除の方法 | 消せない前提なら、入れてよい情報の範囲が変わる |
| 5 | 契約上のデータの取扱い(利用規約か、個別契約か、どちらが優先するか) | 法人契約で別の条件が適用されることがある |
| 6 | アクセス制御(管理者が誰の利用かを把握・制限できるか) | 組織として管理できていない状態が最も危ない |
| 7 | 保存国・処理国 | 外国にある第三者への提供の論点になりうる |
| 8 | 提供者側の安全管理措置(認証取得、監査報告書の有無) | 委託先の監督の根拠になる |
7の保存国は見落とされがちです。 個人データを外国にある第三者に提供する場合には、国内の第三者提供とは別の手当てが必要になります。サービスの所在地は、利用規約ではなくプライバシーポリシーや法人向け資料に書かれていることが多いので、そちらを確認してください。
規約は変わります。 一度確認して終わりにせず、契約更新の時期などに見直してください。この記事も、確認した時点の情報として読んでいただく前提です。
出てきた答えを、そのまま使わないこと
入力の話ばかりになりがちですが、出力の側にも注意が要ります。
生成AIサービスでは、入力されたプロンプトに対する応答結果に不正確な内容が含まれることがある(中略)当該文章は確率的な相関関係に基づいて生成されるため、その応答結果には不正確な内容の個人情報が含まれるリスクがある
人物や取引先について、事実と違う記述が生成されることがあります。 それを検証せずに社内資料や外部への説明に使えば、間違った情報を自分の名前で流すことになります。
生成AIの成果物は、検証の仕組みとセットでなければ実務では使えません。 この点は別の記事で扱います。
社内ルールは「禁止」から作らない
最後に、ルールづくりの順序について。
禁止事項を並べるところから始めると、まず機能しません。 判断に迷った職員は「聞いても禁止と言われるだけ」と考え、結局こっそり使います。組織として何が入力されているか分からない状態が、最も危険です。
回っているところは、逆の順序で作っています。
- 入れてよい情報の範囲を決める(個人にたどり着ける組合せは入れない、契約案件の情報は契約を確認してから、など)
- 使ってよいサービスを指定する(前述の8点を確認済みのものに限る)
- 迷ったときの相談先を決める
- そのうえで、禁止事項を最小限だけ置く
「使ってよい」を先に示すのが要点です。判断できる状態にすれば、隠れて使う理由がなくなります。
そして1を作るときに、契約と規程を実際に読む工程を入れてください。 「一般に危なそうなもの」を並べただけのルールは、いざ具体の案件が来たときに使えません。
まとめ
- 「秘密」を個人情報・法令上の守秘義務・営業秘密・契約上の秘密保持義務の4つに分けて考えます
- 法令上の守秘義務は、契約に条項がなくても存在します(自治体職員は地方公務員法34条、公認会計士は公認会計士法27条、税理士は税理士法38条)
- 氏名を消しても個人情報でなくなるとは限りません。 他の情報と容易に照合して本人が分かるものも含まれます(個人情報保護法2条1項)
- 個人情報については、利用目的の範囲内かと、応答の生成以外の目的で取り扱われないかの2つを確認します
- サービスの確認は「学習に使わない」だけでは足りません。二次利用・閲覧・保存期間・保存国・契約・アクセス制御・安全管理措置まで含めた8点を見ます
- 営業秘密は「秘密として管理していること」が要件です。ルールを作ること自体が保護の要件を満たす行為でもあります
- 契約上の秘密保持義務は、要約や言い換えでは外れません。 契約の文言を読んで判断します
- 「有料版なら安全」という一般則はありません。 規約を確認し、変わることを前提に見直してください
- 出力も検証が要ります。 事実と違う記述が生成されます
- 社内ルールは**「入れてよい範囲」から作る**。禁止から作ると隠れて使われます
自治体・学校法人・中小企業それぞれで、確認すべき規程も契約も違います。自組織の実情に合わせたルールづくりと、職員向けの研修をご相談いただけます。会計監査で情報管理の状況を見てきた立場から、実際に運用できる形をご提案します。