「所得が800万円を超えたら法人にしたほうがよい」。よく聞く目安です。
この数字自体は、所得税と法人税の税率だけを並べれば出てきます。 間違いではありません。ただし、それは法人に利益を残す場合の比較です。
多くの一人法人は、稼いだ利益を役員報酬として本人に払います。そのとき効いているのは税率の差ではなく、給与所得控除です。そして給与所得控除で減った税額は、厚生年金の保険料でほぼ打ち消されます。
実際に計算しました。
結論
- 税金だけを比べると、この設例では利益400万円の時点ですでに法人のほうが約14万円軽い。 800万円なら約91万円、1,500万円なら約164万円軽い
- 年金保険料まで入れると順序が変わる。 逆転するのは利益 約1,100万円。それ以下では法人のほうが重い
- 理由は単純で、厚生年金の保険料には上限があり、所得税には上限がないから。この設例では利益 約836万円で保険料が頭打ちになる。ただし、頭打ちになった時点で逆転するわけではありません。 入れ替わるのはさらに先の約1,100万円です
- ただし分かれ目の金額は前提で動きます。 扶養している家族がいるか、医療保険をどこに払っているか、事業の種類は何か。そもそも保険料の上限そのものが、令和9年9月から段階的に引き上げられます。「いくらで法人」という一般則は存在しません
- 金額よりも、動かせる時点のほうが実務では重い。 役員報酬は原則として事業年度が始まって3か月を過ぎると変えられず、消費税は別の時計で動いています
「所得800万円」はどこから来た数字か
所得税の税率は超過累進です。
| 課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 1,000円 から 1,949,000円まで | 5% | 0円 |
| 1,950,000円 から 3,299,000円まで | 10% | 97,500円 |
| 3,300,000円 から 6,949,000円まで | 20% | 427,500円 |
| 6,950,000円 から 8,999,000円まで | 23% | 636,000円 |
| 9,000,000円 から 17,999,000円まで | 33% | 1,536,000円 |
| 18,000,000円 から 39,999,000円まで | 40% | 2,796,000円 |
| 40,000,000円 以上 | 45% | 4,796,000円 |
一方、法人税の税率は資本金1億円以下の法人などで次のようになっています。
| 区分 | 税率 |
|---|---|
| 年800万円以下の部分 | 15%(所得金額が年10億円を超える事業年度は17%) |
| 年800万円を超える部分 | 23.20% |
課税される所得金額が900万円以上になると、所得税の税率は33%です。 表は「9,000,000円 から」なので、900万円ちょうどで33%に入ります。法人税の23.20%を上回ります。ここに個人住民税の所得割10%が乗ります。
ただし、法人側も23.20%では終わりません。 法人には法人税のほかに、地方法人税(法人税額の10.3%。地方法人税法10条)、法人住民税の法人税割(標準税率で法人税額の7%。地方税法51条・314条の4)、法人事業税の所得割(標準税率で年800万円超の部分は7%。地方税法72条の24の7第1項3号)、そしてその所得割額に37%を乗じた特別法人事業税(特別法人事業税及び特別法人事業譲与税に関する法律7条3号)がかかります。比べるなら、所得税・住民税の合計と、法人のこれら全部の合計です。
「800万円」はこの比較から出てきた数字です。税率表を並べる限り、この話は正しい。
効いているのは税率差ではなく給与所得控除です
ただし、税率だけを比べるのは「法人に利益を残して、法人税を払って終わり」という場合の話です。
実際の一人法人はそうしません。稼いだ利益を役員報酬として本人に払います。 法人に残せば法人税がかかり、そのお金を配当や退職金として個人に移すときに、もう一度個人側で課税されるためです。
役員報酬として払うと、同じお金が事業所得から給与所得に変わります。 そして給与所得には給与所得控除があります。
| 給与等の収入金額 | 給与所得控除額 |
|---|---|
| 2,200,000円まで | 740,000円 |
| 2,200,001円から 3,600,000円まで | 収入金額×30%+80,000円 |
| 3,600,001円から 6,600,000円まで | 収入金額×20%+440,000円 |
| 6,600,001円から 8,500,000円まで | 収入金額×10%+1,100,000円 |
| 8,500,001円以上 | 1,950,000円(上限) |
たとえば役員報酬が600万円なら、給与所得控除は 6,000,000×20%+440,000 = 164万円です。この164万円には所得税も住民税もかかりません。個人事業主のままなら、この控除は存在しません。
法人成りの節税効果は、税率差ではなくここから出ています。 そして給与所得控除は収入850万円超で1,950,000円に頭打ちになるので、効果にも上限があります。
計算の前提
以下の設例で計算します。架空の設例であって、実在の事業者ではありません。
- 大阪府内で第一種事業(物品販売業など)を営む個人事業主。ほかに所得はない
- 単身。配偶者・扶養親族なし。40歳未満(介護保険料がかからない年齢)
- 青色申告の承認を受け、65万円の青色申告特別控除を受けている(令和8年分の金額)
- 所得控除は基礎控除と社会保険料控除だけ
- 法人成りした場合は、本人1人が役員。ほかに従業員はいない。資本金は1,000万円以下、事務所は1か所、従業者数は50人以下
- 法人には利益を残さず、法人の所得がゼロになるように役員報酬を決める(会社負担の社会保険料も損金なので、報酬はその分だけ下がります)
- 税は令和8年分の所得税、復興特別所得税、個人住民税の所得割、個人事業税。法人成りした場合はこれに法人住民税の均等割を加える。いずれも標準税率で計算しています(自治体が異なる税率を定めていることがあります)
- 「利益」は、青色申告特別控除を引く前・社会保険料を引く前の事業の利益とします
- 均等割7万円は法人の負担として合計に加えています。均等割は損金になりません(法人税法38条2項2号)。所得をゼロにする設計では、その7万円のぶんだけ法人が赤字になります
- 端数は法令どおりに処理しています。課税標準額は1,000円未満を切り捨て(国税通則法118条1項・地方税法20条の4の2第1項)、税額は100円未満を切り捨て(国税通則法119条1項・地方税法20条の4の2第3項)。所得税と復興特別所得税は合算した額で100円未満を切り捨てています
設例に入れていないもの(結論に効くので、後の節で扱います)。
- 医療保険料(国民健康保険料・健康保険料)。市町村や保険者ごとに率が違い、一律に置けません
- 個人住民税の均等割と森林環境税。個人事業主でも役員でも同額なので、比較には影響しません
- 住民税の調整控除。ここでは省いています
- 前年分の個人事業税を翌年の必要経費に算入する処理。初年度として扱っています
- 給与収入660万円未満の給与所得は、本来は所得税法別表第五で求めます。設例では算式で計算しているので、数百円のずれが出ます
- 年金保険料は年度で改定されますが、設例は令和8年度の額を12か月分として計算しています。 年度と年分のずれは調整していません
計算はスクリプトを書いて実行し、出力を転記しています。表の金額は万円に四捨五入して「約」を付けています。 表の「法人のほうが」の欄は、表示した金額どうしを引いた値です(読者が電卓で追えるようにするためで、円単位の差を丸めた値とは1万円ずれることがあります)。分かれ目の金額は、結論とまとめでは「約1,100万円」と丸めています(1万円刻みで探した実際の値は本文に書きます)。
税だけを比べる
まず税金だけを比べます。
| 事業の利益 | 個人事業主のままの税 | 法人成りしたときの税 | 法人のほうが |
|---|---|---|---|
| 400万円 | 約44万円 | 約30万円 | 約14万円 少ない |
| 600万円 | 約110万円 | 約51万円 | 約59万円 少ない |
| 800万円 | 約182万円 | 約91万円 | 約91万円 少ない |
| 1,000万円 | 約258万円 | 約147万円 | 約111万円 少ない |
| 1,200万円 | 約350万円 | 約211万円 | 約139万円 少ない |
| 1,500万円 | 約496万円 | 約332万円 | 約164万円 少ない |
利益400万円の時点で、すでに法人のほうが軽い。 「800万円」を待つ理由は、税金だけを見る限りありません。
法人側の金額には、法人住民税の均等割7万円が入っています。地方税法52条1項は道府県民税の均等割を、資本金等の額が1,000万円以下の法人について年額2万円と定めています。312条1項は市町村民税の均等割を、資本金等の額が1,000万円以下で従業者数の合計数が50人以下の法人について年額5万円と定めています。いずれも標準税率です。
この7万円は、所得がゼロでも赤字でもかかります。 法人になると必ず発生する固定費です。
年金保険料まで入れて比べる
ここに年金保険料を足します。個人事業主は国民年金、法人の役員は厚生年金です。
- 国民年金保険料は月17,920円(令和8年度)。所得にかかわらず定額です。年額 215,040円
- 厚生年金保険料率は**18.3%**で固定されています。標準報酬月額に乗じ、労使が折半します
- 事業主はこのほかに子ども・子育て拠出金(拠出金率0.36%)を全額負担します
労使折半といっても、一人法人では会社負担分も自分が稼いだお金です。 労使合計で見ます。
| 事業の利益 | 個人:税+国民年金 | 法人:税+厚生年金等 | 法人のほうが |
|---|---|---|---|
| 400万円 | 約65万円 | 約97万円 | 約32万円 多い |
| 600万円 | 約132万円 | 約156万円 | 約24万円 多い |
| 800万円 | 約203万円 | 約230万円 | 約27万円 多い |
| 1,000万円 | 約279万円 | 約293万円 | 約14万円 多い |
| 1,200万円 | 約371万円 | 約356万円 | 約15万円 少ない |
| 1,500万円 | 約518万円 | 約477万円 | 約41万円 少ない |
順序が入れ替わりました。 1万円刻みで探すと、逆転するのは利益 11,020,000円です。この設例では、分かれ目は約1,100万円ということになります。
差は一直線には縮みません。基礎控除の額が所得の段で変わり、厚生年金の標準報酬月額も等級で刻まれているためです。しかし符号が変わる点は1か所だけで、そこから先は法人が軽くなり続けます。
なぜ逆転するのか
保険料には上限があり、所得税にはないからです。
厚生年金の標準報酬月額は、日本年金機構の保険料額表(令和8年度版)で第32級の650,000円が最高等級です。報酬月額が635,000円以上なら、そこから先はいくら払っても保険料は増えません。
- 標準報酬月額の上限 650,000円 × 18.3% × 12か月 = 年 1,427,400円(労使合計)
- 子ども・子育て拠出金 650,000円 × 0.36% × 12か月 = 年 28,080円
この設例では、利益 約836万円で標準報酬月額が上限に達します(利益 8,361,780円、役員報酬 7,620,000円、報酬月額 635,000円)。そこから先、年金保険料は1円も増えません。
一方、所得税は超過累進です。利益が増えるほど、個人事業主の税率は上がり続けます。上限のある負担と、上限のない負担。交差する点があるのは当然で、それがこの設例では約1,100万円だった、というだけの話です。
保険料が頭打ちになる点(約836万円)と、負担が逆転する点(約1,100万円)は別の点です。 頭打ちになってからも、しばらくは法人のほうが重いままです。
それどころか、頭打ちに達した瞬間に差はいったん広がります。 最後の等級(標準報酬月額620,000円から650,000円へ)を1つ上がるところで、法人の負担が跳ね上がるからです。この設例では、利益 8,361,780円の手前で差が約22万円、そこを超えた時点で約28万円になります。頭打ちより先ではここが最大で、そこから縮む一方です。「保険料が止まったから、もう法人が得」ではありません。
ただし、交差点の位置は保険料の上限だけでは決まりません。 所得控除が増えれば税が減るので、法人成りで節約できる税額も減り、交差点は後ろにずれます。同じスクリプトで、両方に共通して効く所得控除を積み増して確かめました。
| 追加する所得控除 | 分かれ目 |
|---|---|
| なし | 1,102万円 |
| 38万円(所得税の扶養控除1人分に相当する額) | 1,129万円 |
| 76万円 | 1,157万円 |
| 200万円 | 1,244万円 |
控除が38万円増えるごとに、分かれ目は27万円から28万円ほど上がります。 なお、これは所得税の扶養控除の額(38万円)を所得税と住民税の両方に同じだけ効かせた場合です。個人住民税の扶養控除は33万円(地方税法34条1項11号・314条の2第1項11号)なので、実際に扶養親族が1人増えたときの動きはこれより小さくなります。設例の数字をそのまま自分に当てはめないでください。
保険料の上限そのものが、これから上がります
ここまでの約1,100万円は、標準報酬月額の上限が65万円である前提の数字です。 その上限は動きます。
令和7年6月13日に成立した年金制度改正法(社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律)で、標準報酬月額の上限を65万円から75万円へ段階的に引き上げることが決まっています。厚生労働省は「今回の改正により、標準報酬月額の上限を65万円→75万円に引き上げます。(2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円と、段階的に引き上げ)」と説明しています。
| 引上げ後の上限 | 施行日 |
|---|---|
| 68万円 | 令和9年9月1日 |
| 71万円 | 令和10年9月1日 |
| 75万円 | 令和11年9月1日 |
上限が上がると、報酬の高い人の厚生年金保険料は増えます。 個人事業主が払う国民年金は定額のままなので、法人側だけが重くなり、分かれ目は後ろにずれます(=個人のままでいてよい範囲が広がります)。
どれだけずれるかは、この記事では計算していません。 上限だけでなく、上限までの等級の刻みが政令で定まってはじめて計算できるからです。この記事の約1,100万円は、上限65万円(令和8年度)で計算した数字だと理解してください。
なお、上がるのは負担だけではありません。保険料が増えるぶん、将来受け取る年金も増えます(厚生労働省の試算では、賃金などが月75万円以上の方で本人負担が月9,100円増え、その状態が10年続くと月約5,100円増額した年金を一生涯受け取れる、とされています)。
設例に入れていないもの
医療保険料
国民健康保険料は市町村が条例で率を決め、健康保険料は保険者ごとに違います。一律の数字を置けないので設例から外しました。
構造だけ示します。国民健康保険料には政令で上限が定められています。
| 賦課額の区分 | 上限 |
|---|---|
| 基礎賦課額 | 67万円 |
| 後期高齢者支援金等賦課額 | 26万円 |
| 介護納付金賦課額(40歳から64歳まで) | 17万円 |
| 子ども・子育て支援納付金賦課額 | 3万円 |
40歳未満なら合計 96万円、40歳から64歳までなら 113万円 です(国民健康保険法施行令29条の7)。政令が定めているのは「超えることができない」額なので、実際の限度額はこれ以下です。
健康保険にも標準報酬月額の上限がありますが、国民健康保険の上限とは水準も刻み方も違います。 どちらが重くなるかは所得の水準と市町村の料率で変わるので、「法人にすると医療保険料も上がる」と一般化することはできません。 ご自身の市町村の料率表と、加入することになる健康保険の料率表を突き合わせてください。
厚生年金の給付
厚生年金の保険料は、単なるコストではありません。 国民年金だけの場合と比べて、将来受け取る年金額が増えます。障害・遺族の給付も手厚くなります。
この記事の表は「いま出ていくお金」だけを並べたものです。 保険料が高いことを理由に法人成りを避ける判断をするなら、受け取る側の差も併せて見てください。 逆に、将来の年金を増やしたいという理由で法人成りを選ぶ人もいます。
令和8年の制度は、個人でいることの価値を上げています
令和8年度税制改正で、個人側の控除が動きました。個人事業主のままでいる場合の税負担が下がる方向です。
基礎控除は、合計所得金額が2,350万円以下である個人について4万円引き上げられ、62万円になりました。大綱は「上記の改正は、令和8年分以後の所得税について適用する」としています。
これに上乗せの特例が乗ります。措置法の特例は、合計所得金額が655万円(令和10年分以後は132万円)以下である場合の加算額を次のとおり定めています。この額を超える人に上乗せはありません。
| 年分 | 合計所得金額 | 加算額 |
|---|---|---|
| 令和8年分・令和9年分 | 489万円以下 | 42万円 |
| 令和8年分・令和9年分 | 489万円超 655万円以下 | 5万円 |
| 令和10年分以後 | 132万円以下 | 37万円 |
令和8年分に合計所得金額が489万円以下なら、基礎控除は 62万円+42万円 = 104万円です。 489万円を超えて655万円以下なら 62万円+5万円 = 67万円、655万円を超えれば上乗せはなく62万円です。ただし令和10年分からは上乗せの範囲が合計所得金額132万円以下に狭まります。 いまの水準が続くわけではありません。
なお基礎控除は、個人事業主にも法人の役員にも同じように効きます。それでも法人成りの判断には効きます。 前の節の表のとおり、両方に同じだけ効く所得控除が増えると、分かれ目は後ろにずれる(=個人のままでいてよい範囲が広がる)からです。
給与所得控除も動いています。最低保障額は65万円から69万円に引き上げられ、さらに令和8年・令和9年については給与等の収入金額が220万円以下の場合の控除額を74万円とする特例が設けられました。ただしこの特例が効くのは収入220万円以下の範囲で、役員報酬をそれなりに取る一人法人には関係しません。
個人住民税の基礎控除は43万円のままです。 令和8年度税制改正の地方税の項目には給与所得控除の見直しはありますが、基礎控除の引上げはありません。所得税と住民税で基礎控除の額が違うことは、自分で試算するときの間違いのもとです。
そして青色申告特別控除です。
| 区分 | 現行 | 改正後 |
|---|---|---|
| 55万円の控除 | 55万円 | 65万円(e-Taxでの申告が要件に加わります) |
| 65万円の控除 | 65万円 | 75万円(上の要件に加え、仕訳帳と総勘定元帳の電磁的記録の保存等が一定の要件を満たす場合) |
| 10万円の控除 | 10万円 | 10万円(不動産所得または事業所得を生ずべき事業を営む者で、その取引を正規の簿記の原則に従って記録していないもののうち、前々年分のその所得に係る収入金額が1,000万円を超えるものを対象から除外) |
大綱は「上記の改正は、令和9年分以後の所得税について適用する」としています。令和8年分はまだ現行のままです。
ただし「一律に10万円増える」と読まないでください。 現行の65万円の控除は、55万円の要件に加えて「優良な電子帳簿の保存」または「e-Taxでの送信」のどちらかを満たせば受けられます(国税庁 No.2072)。改正後はe-Taxが必須になるので、令和9年分から次のように分かれます。
- e-Taxでの申告だけで65万円を受けてきた方 … 引き続き65万円のままです。増えません
- e-Taxに加えて帳簿の電磁的記録の保存等の要件も満たす方 … 75万円になります
- 複式簿記で記帳しているが、紙で申告している方 … e-Taxが要件に加わるので、このままでは10万円の控除に下がります
増えるのは2番目だけです。 法人成りを考える前に、いま自分がどれに当たるかを確かめてください。
消費税は別の時計で動きます
法人成りの判断で、税率の比較より先に効いてくるのが消費税です。
「法人にすれば2年間は消費税がかからない」と言われます。基準期間がない設立当初の事業年度は原則として納税義務が免除されますが、外れる場合が複数あります。
- 事業年度開始の日の資本金の額または出資の金額が1,000万円以上である場合
- 特定新規設立法人に当たる場合
- 特定期間(前事業年度の上半期)の課税売上高が1,000万円を超える場合(課税売上高に代えて給与等支払額で判定することもできます)
- インボイスの登録を受けた場合(登録した時点で課税事業者になります)
判定の入口は7つあります。詳しくは消費税の課税事業者になる判定にまとめました。
そのうえで、令和8年度税制改正で個人事業者だけに用意された措置があります。
個人事業者である適格請求書発行事業者の令和9年及び令和10年に含まれる各課税期間(免税事業者が適格請求書発行事業者となったこと又は課税事業者選択届出書を提出したことにより事業者免税点制度の適用を受けられないこととなる課税期間に限る。)については、その課税期間における課税標準額に対する消費税額から控除する金額を、その課税標準額に対する消費税額に7割を乗じた額とすることにより、納付税額をその課税標準額に対する消費税額の3割とすることができることとする
「個人事業者である」と書かれています。法人にはこの措置がありません。 括弧書きの条件にも注意してください。インボイスの登録や課税事業者の選択がなければ免税事業者でいられたはずの課税期間に限られます。 もともと課税売上高が1,000万円を超えていて課税事業者だった人は対象外です。
つまり、その条件に当てはまる個人事業主にとって、令和9年・令和10年に法人成りすることは、この措置を捨てることを意味します。
ただし、この括弧書きを満たしていれば必ず使えるわけではありません。 調整対象固定資産や高額特定資産を取得した場合、課税期間を短縮している場合など、使えない課税期間が国税庁のQ&Aで8項目挙げられています。 中身はインボイスの経過措置が2026年10月に変わるにまとめました。
なお、免税事業者からの仕入れについての経過措置も見直され、控除できる割合は令和8年10月1日から令和10年9月30日までが70%、令和10年10月1日から令和12年9月30日までが50%、**令和12年10月1日から令和13年9月30日までが30%**となりました。この割合は「課税仕入れを行った日」で判断します。 決算期は関係ありません。
あわせて、一の適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れの額の合計額が、その年またはその事業年度で1億円(改正前は10億円)を超える場合、その超えた部分は対象から外れます。こちらは割合と違って課税期間で区切り、令和8年10月1日以後に開始する課税期間から適用されます。 決算期によって効き始める時期が変わります。発注する側の話ですが、免税事業者と取引している事業者には効いてきます。
いつ動かすか
金額よりも、動かせる時点のほうが実務では重い。 3つあります。
1. 役員報酬は3か月で固まります
法人税法施行令69条1項1号イは、損金になる定期同額給与の改定について、こう定めています。
当該事業年度開始の日の属する会計期間(…)開始の日から三月(次に掲げる法人にあつては、それぞれ次に定める月数)を経過する日(イにおいて「三月経過日等」という。)まで(定期給与の額の改定(継続して毎年所定の時期にされるものに限る。)が三月経過日等後にされることについて特別の事情があると認められる場合にあつては、当該改定の時期)にされた定期給与の額の改定
(「次に掲げる法人」は、確定申告書の提出期限の延長の特例を受けている通算法人などです。一人法人には当たらないので、期限は3か月です。)
3か月を過ぎてから増額しても、増額した部分は損金になりません。 例外は、役員の職制上の地位の変更や、その役員の職務の内容の重大な変更などによる臨時改定事由と、経営の状況が著しく悪化したことによる業績悪化改定事由(減額した改定に限る)だけです。
期限が課されているのは「改定する」場合です。 前年と同額で据え置くのであれば、この3か月に縛られるわけではありません。
法人成りの効果は役員報酬の額でほぼ決まります。 その額を原則として年に1回しか動かせない以上、設立前に決算期と初年度の報酬を決めておくのが順序です。 決め方は役員報酬の決め方にまとめました。
2. 消費税の時計を先に見る
上に書いたとおり、消費税は所得の水準とは別に動きます。
- インボイスの登録をしていて、登録がなければ免税事業者でいられた個人事業主なら、令和9年・令和10年の3割の措置が使えます
- すでに課税売上高が1,000万円を超えて課税事業者になっているなら、その措置は関係ありません
- 2割特例を使ってきた人は、いつ終わるのかを先に確かめてください。2割特例はいつまで使えるかにまとめています
3. 制度が動く年をまたがない
令和8年分と令和9年分では、個人側の控除が違います。青色申告特別控除が変わるのは令和9年分から、基礎控除の上乗せが縮むのは令和10年分からです。
動くのは税だけではありません。 厚生年金の標準報酬月額の上限は、令和9年9月1日から68万円、令和10年9月1日から71万円、令和11年9月1日から75万円へと上がります。法人側の負担が増える側の改正なので、いま試算した分かれ目は年々後ろにずれていきます。
その年の途中で法人成りすると、1年のうちに個人と法人の両方の申告が必要になります。 どちらの制度がどちらの期間に効くかを、あらかじめ確かめておいてください。
まとめ
- 「所得800万円」は税率表だけを並べた数字です。 法人に利益を残す場合の比較であって、役員報酬で出し切る一人法人の話ではありません
- 効いているのは給与所得控除です。 税だけを比べれば、この設例では利益400万円でも法人が約14万円軽く、1,500万円なら約164万円軽い
- その効果は厚生年金の保険料で打ち消されます。 年金まで入れると、逆転するのは利益 約1,100万円でした
- 理由は保険料に上限があることです。 標準報酬月額の上限650,000円に達するのはこの設例で利益 約836万円。そこから先、保険料は増えません。ただし、そこで逆転するわけではありません
- その上限自体が上がります。 標準報酬月額の上限は令和9年9月1日から68万円、令和10年9月1日から71万円、令和11年9月1日から75万円。法人側だけが重くなるので、分かれ目は後ろにずれます
- 分かれ目の金額は前提で動きます。 扶養、医療保険、事業の種類。設例の1,100万円をそのまま使わないでください
- 医療保険料はどちらが重いか一般化できません。 国民健康保険には政令の上限(40歳未満で年96万円)があり、健康保険には標準報酬月額の上限があります。水準は市町村と保険者で違います
- 厚生年金は将来の給付が増えます。 出ていくお金だけで判断しないでください
- 実務では金額より時点です。 役員報酬は原則として3か月で固まり(例外は臨時改定事由と業績悪化改定事由だけ)、消費税は別の時計で動き、令和9年・令和10年には個人事業者だけの措置があります
直近の事業の利益、扶養の状況、いま消費税をどう扱っているか。この3つを拝見できれば、この記事と同じ計算をご自身の数字で行い、分かれ目がどこにあるかと、決算期をいつにすべきかをお示しできます。 法人成りは戻すのに手間がかかります。数字を出してから決めても遅くありません。